2019年6月3日月曜日


哲学研究者有志による三浦俊彦氏のウェブ記事に関する声明



わたしたちは、哲学を専門分野とする研究者有志です。

このたび、東京大学文学部教授の三浦俊彦氏によるニュースサイト『TOCANA』への寄稿に関し、その内容、および哲学者の肩書のもとで発表されていることについて、大いに問題があるものと考え、強く抗議します。そして、三浦氏の文章によって尊厳を傷つけられた方々、脅威に晒され恐怖を覚えた方々への謝罪を求めます。






上記の寄稿については、2019年5月27日に東京大学関係教員有志一同によって発表された「本学三浦俊彦教授によるトランスジェンダーに関するオンライン記事についての東京大学関係教員有志声明」においても、問題点の具体的な指摘および抗議がなされています。



三浦氏の寄稿は、大きな倫理的問題のみならず、学問的誠実さに関する問題をも含んでいます[1]



倫理的問題として、以下が挙げられます。

氏の寄稿は、トランス女性を性暴力加害者予備軍であるかのように描いています。

このような扱いは、それ自体侮辱的で、スティグマ化を含んでおり、トランス女性の尊厳を傷つけるものです。

それに加え、寄稿がさまざまな悪影響や問題ある帰結をもたらすことが懸念されます。

例えば、トランス女性の公的空間からの排除や憎悪犯罪・愉快犯罪の扇動、また、それらに対する誤った根拠付け・権威付けが与えられてしまうこと。

さらに、不安や憎悪の扇動によって、トランス女性を含めたあらゆる女性たちに対する暴力・差別をなくすという、重要かつ複雑な問題に関する地に足のついた議論がいっそう困難になることが懸念されます。



学問的誠実さの問題として、以下が挙げられます。

第一に、論証が独断的・恣意的に歪められていること。例えば先行研究の十分な参照の欠如、不適切な参照・引用による根拠づけ、根拠から帰結しない主張の導出といった、様々な点における不備を含む論証が、あたかも氏の意見を論理的に裏付けるものであるかのように提示されていること。[2]

第二に、前述のように不十分な根拠や独断に基づいた議論がなされているにも関わらず、寄稿は「哲学的直観」に基づくと銘打たれており、あたかも哲学的に正しい議論であるかのような印象を与えうること。

第三に、倫理的問題および学問的問題を多く含む記事を、「哲学者」による寄稿と銘打って一般社会に発信することで、読者に対し哲学・人文学研究に関する誤解を招くこと。



以上を踏まえ、わたしたち有志は次のことを主張します。

わたしたちは哲学者として、また学術共同体の一員として、個人の尊厳を損なうこと、マイノリティへの差別を扇動することを許容しません。

そして、このように学問的誠実さを欠くばかりか、人々を傷つけ、社会に害を為す文章が哲学の名の下に発信されたことに対し、強く抗議します



最後に、氏の寄稿を読んで、哲学は自分の存在を脅かすものだと感じた方々もいるかもしれません。しかしながら、独断に基づいて人々を排除し貶める行為は、哲学とは程遠いものです。哲学とはむしろ、多様な観点からの批判検討と改訂の可能性に開かれた柔軟な態度のもと、真理の探究のために議論を積み重ねるものです。そして、それがある特定の立場への率直な批判へと帰着することになったとしても、そのために侮辱や愚弄、悪魔化といった手段が横行することをわたしたちは許容しません。他人を貶めようとせず、知への好奇心を持ったあらゆる人々をわたしたちは歓迎します。



哲学研究者有志(五十音順)

和泉悠(南山大学)

大塚淳(京都大学)

小手川正二郎(國學院大學)

古怒田望人(大阪大学)

西條玲奈(京都大学)

髙村夏輝(松蔭大学)

筒井晴香(東京大学)

藤高和輝(大阪大学)

村上靖彦(大阪大学)

渡辺一暁(無所属)

※本声明文にご賛同いただける哲学研究者の方は、下記フォームよりご連絡をいただければ賛同者としてお名前を記載させていただきます。

https://forms.gle/pHEMZFFWqKaBGQF48

[1] この声明文では2019年5月14日付の寄稿を批判の対象としていますが、『TOCANA』に掲載されている他の三浦氏の寄稿においても、女性嫌悪・蔑視に基づく主張や、学問的誠実さの欠如が見られます。わたしたちは、それらの寄稿も同様に問題あるものと考えています。
[2] 論証における問題点の具体例については、前掲の東京大学関係教員有志声明、および以下の記事をご参照ください(敬称略/初出日付順、連続記事の場合は第1回のみ記載)
ぽてとふらい(2019年5月20日)「いち当事者からの『TOCANA』三浦俊彦寄稿文への批判1」『note』(※連続記事、19.06.01時点で第3回まで更新)
和泉悠「三浦俊彦教授のウェブ記事について1」『和泉悠ブログ』(※連続記事、19.06.01時点で第2回まで更新)